インタビュー
再生医療の産業化には何が必要か(2) -全2回-
畠 賢一郎 氏
インタビュアー:佐藤 勝昭、渡邉 美生(科学技術振興機構)
細胞はナマモノ

無菌操作の様子(提供:J-TEC)
聞き手:
細胞はナマモノで、2日しかもたないと聞きましたが。
畠:
そうです。輸送−保存の安定性−の問題です。培養液の中で保存・輸送すればよいとお考えでしょうが、望ましくありません。なぜならその間に細胞がどんどん増えてしまい、増えると性質が変わるかも知れないからです。製品出荷に当たっては培養液をとりのぞき洗浄しリンゲル液など栄養のないものに浸けます。培養中には栄養が十分あったものがリンゲル中に移されるのですから、せいぜい数十時間しか持ちません。
例えば50時間程度しか持たないとすると、パッケージしておいたあと抜き取り検査で20時間程度を要するので、実質30時間しかないのです。
だから、産業化は、先の課題だと思います。
医薬品屋は洋服屋、細胞産業はクリーニング屋
聞き手:
細胞の産業化は、別の観点が必要だと・・・。
畠:
私はよく、洋服屋とクリーニング屋の違いだと言っています。
例えば洋服の場合は大手量販店のように、安いところで大量に生産できますが、クリーニング屋は、ユーザーのそばになければならないでしょう。
医薬品は大量生産できますが、細胞は各病院の近くで作らなければなりません。しかし、先生方はもう一歩つきぬけていないですね。ベンチャー、ベンチャーというけれど、産業化に必要な技術はサイエンスにないところにあるということを認識していない。
同一性と規格化が大切
聞き手:
先程、iPS細胞の規格をどうするかは培養皮膚よりもっと大変だとおっしゃいましたが。
畠:
産業化には出来上がったものの同一性と規格化が必要です。それには、サイエンスベースによる評価の発展と同時に、これまでの医薬品審査とはルールを変えることも必要ではないでしょうか。
危険なほど不純物が入っているのはもちろんダメですが、危険でない程度の混合物の集団を、それとして認めるようなルールが必要です。製品の出荷規格を重要視することも大切ですが、工程管理という概念が現実的だと思います。
聞き手:
理化学研究所の高橋政代先生と「ヒトiPS細胞を用いた網膜再生医療実現のための共同研究」でやろうとしておられることは?
畠:
加齢で色素上皮細胞が劣化して網膜から剥がれるのをiPS細胞を用いた再生医療で治療する研究です。
iPS細胞研究として何がでてくるかを、産業化の前段階の臨床応用の観点から見たいのです。サイエンスベースのものは理研でやっていただいて、それとはちがう評価軸から見ます。
細胞は培養のしかたで変わるのですが、ようやくスタートポイントに立ったところで、エンドポイントをどこに作るかが課題です。
聞き手:
角膜は、口内粘膜から培養して作れることを、前回の岡野先生のインタビューで知ったのですが、色素上皮細胞は培養がむずかしいのでしょうか。
畠:
培養できるという報告はありますが大変困難です。しかしこの細胞はヘテロではなく比較的単純だという点はiPS細胞向きです。また、色が付いているので他の細胞と見分けやすい。
iPS細胞の出番
聞き手:
そこのところがiPS細胞の出番なのですね。

畠:
そう思います。今のところ少量で十分であるが、細胞培養が困難で手に入りにくい組織が対象となるでしょう。ES細胞とは違って自分の細胞を増やすことができますし。対象となる組織を絞れば、とても興味深い治療ができると思います。
しかし、その一方で、iPS細胞の出番は他にもあると思っています。
これまで、2次元の構造は作り易かったが、3次元の構造を作るのはむずかしかった。ヘテロ集団をどう配列して複雑でない3次元構造を作るか。iPS細胞を使って、セレクションによって同じような細胞をうまく抽出すれば、できるのではないかと思っています。あとは、それを実現する工学的な技術の進歩が重要です。
将来、iPS細胞をつかった再生医療は、医療自体を大きく変えていくと思います。しかし、今の段階では、がん化しないiPS細胞ができたにせよ、まだまだ解決すべき課題は少なくありません。
例えば、培養細胞では大きな組織をつくることが困難です。移植した後、内部に栄養が行かないので容易に細胞が死んでしまいます。ヒトでは血管網があるからそんなことはありませんが。これはiPS細胞でも同じことです。
また、たとえば配分比がA:B:C=1:2:3のヘテロな細胞からなる臓器をつくろうとした場合、仮にAが栄養要求性が高く、移植後に早く死んでしまえばこの比率の細胞集団の臓器はつくれません。自動車にたとえれば、今のところ、自動車用の鉄や他の有用な材料ができた段階です。どう組み合わせて自動車にするかはこれからのサイエンスに委ねられています。
ともあれ、これら材料ができたことはとても大切なことです。
今の再生医療は、作曲家が蓄音機を作っている段階
聞き手:
まだまだ道のりは遠いと・・・?
畠:
今の再生医療は、作曲家が蓄音器を作っているような段階です。
作曲家は自らの曲を多くの人に聴いていただきたくて、蓄音機を求めました。蓄音機の原理であれば、作曲家にもイメージできるでしょう。レコード盤くらいなら私にも原理は理解できますし。
その後、蓄音器は技術の進展によってCDになりMDになりiPodへと進展しました。これは作曲家ではない多くの研究者や産業界のイノベーションがあったからです。それがなければ未だに蓄音器のままだったでしょう。
それと同様に、細胞の3次元配列制御についても他の部門の研究者や産業界が乗り出したとしたら底知れない発展が来るかもしれません。
聞き手:
蓄音器の方は半導体技術の進展で大きく変貌しましたが、細胞の方はあまり進んでないような気がするのですが・・・。
畠:
1997年のNewsweek誌にNew Era of Medicineと題して再生医療のことが書かれているのですが、実はその時から12年経ってもほとんど変わっていないのです。
培養皮膚は1シートが30万円もします。保険でやれるのは20枚までです。身体の皮膚の30%の火傷を負ったとしても保険では10%しか直せません。これではお金持ちしか医療が受けられません。
どうすれば安く提供できるか。
例えば30年前のテレビの品質は今のものよりずっと劣るのに高価でした。現在は安くて良い物を多くの人が使うことができます。
産業化には、汎用性の高い技術を利用して安く利用者に提供することが必要なのです。そうなったとき、iPS細胞は夢のツールを提供してくれるかもしれない。
今後に向けての政策提言
聞き手:
いわば、蓄音器の世界を変えた半導体みたいな役割なのですね。今後に対して政策提言があるでしょうか。

畠:
リスクに対する考え方を変える必要があります。これまでは、メリットがリスクよりずっと多いことを求めてきましたが、もしかしたらこの概念も曲がり角にきているかもしれません。
メリットが大きければリスクも大きいということを認める必要があります。投資でもハイリターンなものにはハイリスクが伴いますしね。そういう意味でもハイリスクの医薬品や医療機器をどのように扱うか。特別な「ハイリスク医薬品・医療機器」という選択肢を残すか、十分に議論する必要があります。
もうひとつは「生体外医療(ex-vivo medicine)」の考え方です。一部すでに行われているのですが、骨のがんで、「骨を取り出して高圧でがん細胞を殺し、残っている基質だけを戻す」といった治療法です。今後、こういった臓器や組織を体外に出してから治療する、といった概念による研究が行われていくのではないでしょうか。
体の外に出して治せば、他の臓器に悪い影響を及ぼすこともないでしょうし。自分自身に対する究極の移植医療ですよね。このとき、iPS細胞がパーツとして治療に役立つかも知れません。
医薬品や医療機器としてではなく、こうした新しい医療の概念に対応したものとして細胞をどう扱うか、今後の課題かと思います。
青色LEDのメリットは、「青色ができてクリスマスの飾りがきれいになった」という直接的なものではなく「青色LEDのおかげで白色が出せるようになった」ことだと思いますが、iPS細胞もこのような新しい付加価値を生み出すのではないでしょうか。
日本人は手先が器用でもの作りに長けており、作業者のレベルが高いと思います。信頼できるものを均質につくる土壌が日本にはあるのです。このことを活かせば、医療でも信頼できる国として世界を凌駕できるのではないでしょうか。私は、再生医療用の細胞産業は将来、コンビニやスーパーのように病院密着型の新産業になるかもしれないと考えています。
聞き手:
文科省はiPS細胞研究のロードマップを発表し、5年で臨床にといっていますが。
畠:
もっと早くやりたいのです。遅れても5年くらいです。そうでないと、こんなにたくさんの研究者の労力とお金をつぎ込んだことが無駄になってしまうでしょう。海外との競争もありますしね。
(完)
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畠 賢一郎(はた けんいちろう)氏 の略歴
株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC) 常務取締役 研究開発部長、医学博士、歯科医師
1991年 広島大学歯学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了、名城病院(名古屋市)歯科口腔外科に勤務した後、名古屋大学大学院医学研究科助手、名古屋大学医学部組織工学寄付講座助教授、名古屋大学医学部附属病院 遺伝子再生医療センター助教授を経て2004年より現職。
研究テーマは再生医療研究全般(皮膚、軟骨、角膜、末梢神経、心臓弁、骨など)。
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再生医療の産業化には何が必要か (1)